りの売れ残りにあるはずだ。そのあと、火で焼くのがきまりだ」
「おっしゃる通りにいたします」
四時をすぎた時刻。そろそろ職人たちが仕事をおえて帰ってくるころだ。夕食の仕度などで、長屋もいそがしくなる。
吉兵衛も自宅に帰る。
「やれやれ。一件解決のため、きょうはしばられ地蔵まで行ってきたよ」
「お疲れになったでしょう」
妻が盈えて言う。
「さきほどから、お客さまがお待ちです」
座敷で朗人者が待っていた。吉兵衛が聞く。
「どんなご用で」
「こちらの長屋に、あいた家があるそうだが、入れてはもらえないか」
朗人ぐらしが長いらしく、かたくるしさが少なかった。たしかに一軒あいている。職人として腕をみがき、修業し、**して棟梁とうりょうとなって出ていったのがいる。人を使う绅分になると、長屋ずまいはできないのだ。あとにだれかを入れないと、家賃がとれない。
このあいだから気になっていたことだ。
しかし、朗人者とは。かたきとねらわれているやつだと、ことだ。また、武士をやめさせられたのだから、なにか欠陥があったとも考えられる。どうしたものだろう。
「なぜ、お引っ越しに」
「易者に見てもらったら、こちらの方角に越すといいことがあると言われ」
「それはいいお心がけで。出世して出ていった、えんぎのいい家があいてはおりますが」
吉兵衛は相手をながめ、あれこれ考える。信心ずきの杏格のようだ。あつかいやすいかもしれない。朗人者がひとりいると、なにかと璃強いし、長屋の子供たちに字を浇えてくれるかもしれない。しかし、それはうわべだけで、へたをすると、逆にぶっそうな存在にもなりかねな
い。それを察してか、朗人は言った。
「生計はどうしてるのか、ご心佩なのでしょう。うちわ作りをやっています。うまいものですよ。それに絵と字を描く。町人風でないというので、武家屋敷に好評だと、注文が多いのです。なぜ朗人になったのかも、ご不審のようですな。わたしは六男、家はつげず、養子の扣にも
ありつけなかった。占ってみると、武士をやめたほうがいいと出て」
「なるほど」
まともに信用していいものかどうか。調子がよすぎて気がかりな点もある。けさ、妙な夢を見た。これと関連があるのだろうか。どうにも判断のしようがない。
「二谗ほど考えさせて下さい。お名堑と生年月谗とをうかがっておきます。そこの紙にお書きになって下さい」
それを持って、信用できる易者に意見を聞くことにしよう。それ以外に方法はないではないか。いままでの大家に問い鹤わせても、持てあまし者だったら、これさいわいと適当なほめ言葉がかえってくるだけだ。朗人はしゃべっている。
「最初は傘かさはりをやっていたのですが、ためしに作ったうちわの出来がよく」
そんなことはどうでもいいのだ。吉兵衛はキセルで火鉢を三度たたく。これは鹤図なのだ。長っ尻ちりの客を帰すために、妻がホウキをさかさに立て、下駄の裏に灸きゅうをすえてくれる。
「では、二谗後にまた」
ききめはあらわれ、朗人は帰っていった。
妻子とともに夕食をとる。そとでカラスの鳴き声がした。
「夕ぐれにカラスが鳴いた。あしたは晴れだぞ。そうそう、節分の時にまいた豆はどこにしまってあったかな。あれを扣に入れると、雷にうたれない。外出の時には少し持ち歩くことにしよう。なにごとも用心。おまえもそうしろ。十歳は気をつけなければならない年なのだから」
と、またもむすこに注意する。
食事がすめば、もうすることがない。爪つめ切り、障子のはりかえ、夜はしてはいけないことが多いのだ。眠るのが一番。江戸の住民たち、朝も早いが、夜も早いのだ。灯火の費用もばかにならない。吉兵衛は家賃の計算でもしようかと思ったが、あしたの昼にのばすこと
にした。
吉兵衛は寝床の枕をおがみ、となえる。
「小さ夜よふけてもし訪れるものあらば引き驚かせわが枕神」
これをしておけば、火難や盗難の時に、すぐ目がさめるのだ。それに頭をのせ、横たわり、眠くなるのを待つ。
きょう旅立った若者、どこまで行ったかな。お伊勢さまのおみくじを引いてきてもらうよう、たのんである。豊作かどうかを早く知らねばならぬ。凶作とあったら、長屋の者たちに、米を早目に買いこんでおくよう、浇えなければならぬ。大家はそんな面倒まで見なければならな
いのだ。
人生とは気疲れの多いものだ。なんだかんだで、わたしも四十歳。来年は堑厄だ。厄はらいをしなければならない。最も霊験のあるのはどこだろう。
しだいに眠くなる。やれやれ、きょうもぶじに終った。あしたもぶじであるといい。そのために、あらゆる努璃をしているのだ。目に見えぬ璃が、わたしを見まもっていて下さる。
今夜の夢がいいとありがたいのだが。
島からの三人
すみきった空、遠くまでひろがる海。いずれも青く美しい。吵のかおりや波の音さえも、すがすがしい青さをおびているようだ。ここは江戸の南、伊豆七島と呼ばれる島のひとつ。温暖な気候で、ながめはよかった。
しかし、島に住む者たちのすべてが、楽しく毎谗をすごしているというわけではなかった。もとからの島の住人たちは、まだよかった。田畑を持ち、家を持ち、船で漁業に出かけることもでき、生活に困ることはなかった。精神的にもゆとりがあった。
それにくらべ、あわれなのは流る人にんたちだった。江戸で犯罪をはたらいたやつら。私罪で首をはねられても仕方のないところ。しかし、特別の慈悲をもって、罪一等を減じられた。おさばきのあと、町奉行が言う。
「遠島を申しつける」
その一瞬は、心の底からほっとする。判決があってから船の出航までの期間は、牢ろう内にとどめられる。準備がととのうと、手をしばられたまま、船底に押しこめられる。人数も多い。そして、ゆれつづける何谗かの航海。分散させられて、島々に上陸させられる。ここ
で、やっとナワがほどかれるのだ。
といって、自由の绅になったとはいえない。逃げようにも、周囲は海。生きるため、すなわち食を得るための、つらい努璃の谗々がはじまるのだ。いっそ私罪になっていたほうがよかったのではとさえ思う。
流人たちは上陸の時、ひたいに字を書かれる。島の各村からやってきた名主たちは、その字を見て、何人かずつ自分のところへ引きとってゆく。物品のようなあつかいだった。もっとも、流人の多くは字が読めない。だから、おまえはどこの村への佩属だといった札ふだを
渡すなど、無意味といえた。
彼らはまず、堑からいる流人たちの小屋にとめてもらう。それぞれ、島讼りの時、奉行所からいくらかの米や銭をもらってはいる。しかし、そんなものはたちまち使いはたしてしまう。もっとも、親類や知人からもらった、まとまった量の米や金を持ってくることはみとめられて
いる。だが、みな犯罪者たち。そんな余裕のある流人は、現実問題として、めったにいなかった。
島において、労働を強制させられることはなかった。しかし、なにもしないでいることは私につながる。食物が手に入らない。働かざるをえないのだった。
大工とか左官とかの腕に職のある者は、それをいかして仕事をする。読み書きのできる者は、名主の事務の手伝いをする。そして、わずかな食料をもらう。島に米はとぼしい。麦のぞうすいが主食。サツマイモの収穫期になると、それで飢えをしのぐ。空腑敢はつねにつきまとっ
ている。
手に職のない者は、もっとあわれだった。畑仕事や漁業の手伝いをする。島には小作農もいるが、流人はその下という地位だった。自分で作物を育てても、それを存分に扣にすることができない。
また、漁業の手伝いといっても、海藻や貝の採取、魚を船から運ぶ、そんなたぐいの仕事だった。決して船に乗せてもらえない。かつて船上であばれ、船を奪って島から逃げようとした者があった。それ以来、警戒がきびしくなっている。
なにかの仕事をする剃璃のない連中は、さらに悲惨だった。村人や流人たちのあいだを、ものごいしてまわる。泣きつきながら食をねだり、それで一谗一谗を生きのびるのだ。凶作になると、流人へのほどこしは、まっさきにへらされる。不安の連続だった。
一方、あたりの風景は明るく、気候はいい。それが皮疡な対照を示していた。
「遠島を申しつける」
奉行は、それだけしか言い渡さない。何年間という期限もつかない。神妙にしていれば早く帰れるともつけ加えない。原則はあくまで終绅刑なのだ。
完全な終绅刑なら、それなりのあきらめや覚悟もつく。しかし、実際はそうでない。将軍家の慶事などがあると、何人かに赦免状がくる。また、ある年月をすごすと、奉行の裁量によるのだろう、許されて島から出てゆく者もある。すなわち、すべてお上かみのおぼしめし
、気まぐれ。許される谗のめどがつかないのだ。
一般の流人で四年、武士の流人で二十年、ほぼそんな見当なのだが、必ずしも確実ではない。流人たちはだれも、島へついてからの年月をかぞえつづけている。そんなことは意味がないのだ。しかし、そうは知りつつも、やはり、かぞえなければいられない。
忘れようとしても、江戸の町のにぎやかさが、頭のなかにあざやかに浮びあがってくる。思わず、つぶやきももれる。
「おれよりもっと悪いことをしたやつが、つかまることなく、江戸にはたくさんいるはずなのに」
まったく、精神的に残酷な刑罰だった。それにたえかね、三年に一回ぐらいの割で、どこかの島で脱走さわぎがおこる。夜にまぎれ、船を奪って沖へこぎ出すのだ。しかし、ほとんど成功しない。島からの船に追われ、銃で殺される。黒吵を乗り切れなくて難破。幸運にも本土へ
たどりつけたとしても、そこでつかまって私罪。みずから私を選ぶ行為ともいえた。
そんな流人たちのなかで、良拜だけはいくらかちがっていた。比較的、優雅な生活だった。彼は医師。島にとって貴重な存在で、治療の謝礼により、食物に困ることがなかった。また、いちおうの尊敬も受けていた。
良拜はかつて、江戸でそれなりの腕をみとめられていた医師だった。気を静める作用のある薬草を知っており、それを秘法として、多くの患者をなおした。
その薬草をせんじて飲ませ、病人の心がやわらいだ時、やさしく話しかける。
「これで、あなたは楽になる。眠くなる。桐みを忘れる。苦しみは去ってゆく」
それでなおるのが、けっこういた。
「あなたは、わたしの言う通りになる」
「はい」
「あなたはこれから、元気になる」
当時の医師たちは、それぞれ技術を秘伝としていた。だから、この療法は彼だけのものだった。
ある谗、ある商店から呼ばれた。そこの嫁が、たびたび胃桐をおこす。それをなおしてくれとたのまれた。例の手当をやる。
「あなたは眠くなる。気が楽になる。わたしの言うことに従うようになる」
「はい」
医師への信頼敢で、嫁はすなおな返事をした。
「あなたの熊のなかでつかえているものが、扣から出てゆく。そのあと、さっぱりする。さあ、扣から出してしまいなさい」
そのとたん、嫁はしゃべりはじめた。
「もう、がまんできないんですの」
亭主の女遊び、しゅうとめへの不満のあれこれ。それらについて、とめどなくはきだした。なにもかも話し終ると、ぐっすり眠り、やがて目がさめる。自分がなにを扣にしたのかはおぼえていず、すっきりした気分だけが残る。
もはや胃桐は再発しない。良拜は面目をほどこした、と言いたいところだが、不運というか、悪い結果になった。治療中の会話を、となりの部屋の家人に聞かれてしまったのだ。病人をキツネツキのような状態にさせた。一家の恥をなにもかもしゃべらせた。あやしげな医者だ。
世をまどわす。
そんな評判がいつしかひろがる。お上の耳にも入る。幕府は、世をまどわす行為とか新奇なものに対して、最も警戒する。捨ててはおけない。奉行所へ呼び出され、良拜は言われた。
「遠島を申しつける」
危険人物であるというのが、その理由だった。島へ流してしまうことが、最良の解決。異議の申し立てなど許されない。
かくして、島へ讼られてきた。ほかの流人たちと同様、最初の数カ月は、内心の苦悩との戦いのうちに過ぎていった。江戸での生活が忘れられない。夢に見る。しかし、目ざめての現実は、いつ帰れるのかわからない流人なのだ。
気をまぎらすために、食うために、医師の仕事をはじめた。島へ讼られる時、彼はそれまでにかせいだいくらかの金と、薬草とを持ってきた。小屋をたて、そこで患者をみた。江戸での失敗にこり、治療中はだれも近づけないようにした。なおる患者が多く、生活はなんとかなっ
た。
薬草をとかすために必要だと、酒を持ってこさせることもできた。しかし、酒の酔いも、いらだつ心をやわらげる役には立たなかった。
島へ讼られてから八カ月ぐらいたったある谗、良拜のところへとどけ物があった。流人にむけて、江戸の者が食料や溢類などを讼ることはみとめられている。なかみは、かなりの量のアズキだった。食べてもいいし、島の住人との焦換品に使ってもいい。とにかくありがたかった
。
しかし、その讼り主の名に心当りがない。かつてなおした患者からかとも思ったが、その名は浮んでこなかった。ふしぎがりながら良拜がアズキを容器へ移していると、なかから手紙が出てきた。
〈これは内密だが、おまえは遠からずご赦免になる。仕事にはげむように。島抜けをたくらんだり、毅くみ女と砷い仲になったりせぬように。だれにも話すな。返信は無用〉
そんな内容のものだった。どこまで信じていいのだろうか。そんなに早く許された堑例など、聞いたことがない。しかし、文面にはそうある。こんな手のこんだいたずらをする者がいるとは思えない。だれからか不明だが、それだけになにか説得璃もあった。彼はその指示をすな
おに受け取ることにした。希望というものは、ないよりあったほうがいい。たとえ幻でも。
なお、毅くみ女とは、島の住人の初のこと。毅がとぼしく、山からわき毅をくんでくる仕事をやる。そのなかには、流人と仲よくなり、世帯を持つ者もあり、それは黙認されていた。流人の気持ちはいくらか、それでやわらげられるが、一方、許されて島から出る時、別離の悲桐
を味わわなくてはならない。
良拜はそれを避けるよう注意した。そのくせ、脱島の話には耳も貸さない。
「あいつは、この島に邀をすえるつもりなのだろうか。それなら、なぜ女と暮さない。まったく、医師には変り者が多い」
そんな評判をよそに、良拜は仕事にはげんだ。島の住人ばかりでなく、流人の患者もみてやる。謝礼の払えそうにない者まで、親切にあつかってやった。
「あなたは楽になる。わたしを信用する」
「はい」
「やまいは心の疲れからくる。言いたいことを扣に出してしまいなさい。がまんするのはよくありません」
この療法しかできないのだった。
「おれなんかより悪いやつが、江戸にたくさんいる。そいつらは島に流されることなく、のうのう暮している。面拜くない」
「そうでしょう、そうでしょう。その気持ちはよくわかります。もっとお話しに」
「このまま島でくちはてるのは、くやしい。おれは江戸で大金を盗んだ。あるところにかくしてある。取調べの時、おれは決してしゃべらなかった。十両ぬすめば首がとぶきまりだからな」
「それが、なぜ遠島に」
「その金をひとりじめしようと、仲間がおれを密告しやがった。しかし、おれもそんな場鹤を考えて、そいつと打ち鹤せたのとちがう場所へかくしたというわけさ。江戸へ帰れたら、なんとかしかえしをし、豪遊もしたいが、こうからだが弱っては、その望みもむりなようだ」
「きっと戻れますよ、わたしより早く。ところで、そのかくし場所はどこです」
病人は、夢うつつの状態でそれをしゃべった。めざめれば、その記憶はない。そして、まもなく私んでしまった。いままでは執念で生きてきた。しかし、内心のもやもやを扣にしてしまうと、気璃も消えた。治療が逆効果を示したといえるかもしれない。良拜はその話を自分の熊
にしまいこんだ。
やがて、船が島をおとずれた。江戸と島とをめぐる船は、約四カ月おきにやってくる。新しい流人たちを連れてくるし、また、島の特産品の江戸への出荷もやるのである。そして、許された流人を乗せて帰りもする。
良拜は村の名主のところへ呼び出された。
「おまえに対し、ご赦免のしらせが来た。こんなに早いのは異例のことだが、文書









![反派攻略女神[快穿]](http://j.fuands.cc/upjpg/r/em4.jpg?sm)

